更木が大きく斑目の喉元を舐め上げる。
その蛇のような舌で大きく舐め上げる。
ゴクリと斑目の喉がなって唾液を嚥下するのが喉仏の動きによって分かる。
噛まれる
そう、斑目は覚悟した。
ゆっくりと目を閉じて天を仰ぐように喉を反らせる。
更木はその露にされた斑目の喉元にニッと笑って月夜に照らし出される犬歯が光る。
その避けそうな唇を一層左右に引いて薄ら笑い、クックッと声が聞こえるような笑い方だった。
斑目はそんな更木の笑みを見るたびに背筋に冷たいものを感じるのだった。
これから与えられるであろう痛みに、なのか、歓喜に、なのかわからずに・・・。
ゆっくりと更木が息を吸うのが斑目には解った。
静かに息を吸ってから、まるで吸血鬼のように大きく笑みをかたどった唇を肌に寄せ、ゆっくりとめぼしい場所へと舌を伸ばす。
ペロッと舐めたかと思ったら次にくるのはそんなやわな感触ではない。
手を思い切り握り締めるような心痛。
甘いような、苦いような、嬉しいような、哀しいような、そんな曖昧な痛み。
痕を残される、といった甘いことじゃない。
肌を裂かれる感触に眩暈がする。
斑目には解っていた。
もう自分には痕を残されるだけのような軽々しい気まぐれだけでは満足しないということを・・・。
何度も肌を重ねることで更木に自然と覚え込まされたのかもしれない。
周到なやり方だ。
身体に覚え込ませることがどれだけ重要なことなのか更木は一番よく知っている。
言霊使いのように何でも言葉で表すことができないものはないと信じきっている者もいるが、更木は実践派だったため、信じてはいなかった。
剣術は言葉で言って解るものじゃない。
身体を使って剣という凶器をどう扱うのかを覚える必要がある。
その際、一番手っ取り早い方法は剣で切られること。
一度、更木の剣に落ちてしまえば早いもの、あっという間に今の斑目のように静かに更木の狂気に堕ちてしまう。
更木の含む狂気には毎回毛色の違った生物が宿っているかのように霊圧が変化する。
斑目が抱かれている間だって、刻一刻と変化する。
その霊圧の変化についていけずに斑目は嘔吐してしまうことも多々あった。
だが、そんな苦労というべきことを身に感じたとしてもそれを拒むことはできなかった。
更木に羨望する斑目には一時でも早く更木に近付きたいと思う心があった。
その高見へとどうやれば辿り付けるのかと日々苦悩する毎日だった。
人一倍鍛錬を重ね、血を吐くほどに霊力を研ぎ澄ませた。
それでも、追いつけない。
今見えているのは更木の背中だけ。
更木のいる先に見えるものは何なのか・・・。
解らない
それが、今の斑目の答えだった。
更木を肌を重ねてみても更木の圧倒的な霊圧ばかりを感じさせられて終わってしまう。
そんな関係を続けて何か良いことがあるのかも解らない。
ただ一つ、今、解っていることは・・・。
俺は、更木隊長に抱かれる
という斑目の思いと
俺は、一角を抱く
という更木の思い。
覚悟の差、なのかもしれない。
斬ると決めた時、抱くと決めた時、勝負はもう決まってしまうのかもしれない。
まだ、斑目に更木から離れるという選択肢はできていない。
求められるままになし崩しに抱かれてしまうという現状を打破できずにいる。
まだ、もう少しだけこの用水に浸っていたいと願う赤子のようにこの場所が心地よいのかもしれない。
この怪物のなりをした「更木剣八」という人物を攻略しきらなければ前に進めないのかもしれない。
斑目は、「第三席」という地位を手に入れた。
それでも、まだ更木には届かない。
まだ、斑目は更木の背を見ることを許されただけのちっぽけな存在なのかもしれない。
どこまで行けば更木と共に歩めるほどの力を手に入れられるのか・・・。
解らないことばかりだ。
斑目の思いとは裏腹に更木はゆっくりと斑目の喉元の皮膚に噛み付いていく。
肌に食い込む歯の感触にうっとりと目を細めながら更木は満足そうに月夜に笑うのだった。
また、一つ更木と肌を重ねる夜が更けていく・・・。
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